WEB版第1回 勝田文さん(漫画家)と雪組「BONNIE&CLYDE」4

WEB版第1回 勝田文さん(漫画家)と雪組「BONNIE&CLYDE」4

4 ボニー&クライド、そしてアメリカ社会 最果タヒ 

 素晴らしい作品であることは間違いないしその素晴らしさについていくらでも書けるはずなのに最終的に私個人の話になると桜路薫おうじかおるさんのフランク・ハマーと神父と酔っぱらいとダイナーの客と信者と民衆が好きでしょうがなかった(※私は雪組の桜路さんの大ファンです)、みたいな感想になり、作品の全容の話が全然できなくなってしまう。
 この連載(「スピン」で連載してます)は、各組の大劇場公演(*註)をメインに取り上げていく予定だったのだけど、御園座公演のボニクラが好きすぎて、あまりにも好きすぎて、マイ初日後編集さんに連絡して取り上げることにした(名古屋に飛んできてくれた編集さんの熱量もやばい)。そして今、WEB出張版としてこれを書いています。ありがたいことです……。ボニクラはとにかく音楽が素晴らしいこと、キャラクターが生きていて、どの役も演じがいがありそうで客としてもファンとしても見応えがあること、そもそもの物語としての充実、バランスの良さ、それからどの出演者もかわいくてかっこよくて、役として活躍し、その人の良さがとてもよく表れていること。宝塚の公演としても、ミュージカルとしても好きだ。素晴らしいと思います。そしてフィナーレも大好きだ……。全てが完璧だった。勝田さんへのお返事のところではボニーとクライドの話に終始したけれど、この作品はボニーとクライドの物語を、二人の青春や恋愛の話だけで終わらす気がゼロであることが素晴らしいのだと思っている。もちろん二人の鮮烈さはありながら、これはいつまでもどこまでも当時のアメリカ社会の物語で、それを決して忘れさせない公演だった。
 殺された人間、殺人現場を見てしまった人々、この社会の荒波の中でボニーとクライドと同じくらい苦しんでいたが決して誰のことも殺さず誰からも奪わなかった誰か。そう、そういう「誰か」がひしめき合っている中で二人は人を殺してしまい、行くところまで行き、死んだ。そういう、身勝手さと青春の裏表のあり方。2時間半の公演の中に、常に「現実」が流れていて、それが私はとても好きだったのです。
 主役の二人はもちろんのこと、彼らだけの物語にせず、社会全体の疲弊した空気、そしてその中で確かに生きる個々人として息づく雪組の皆さんが素晴らしかったのだと思います。私は桜路さんをずっと見ているので、それこそ、ダイナーの客(ボニーに失礼なことを言う)は、ボニーの「出口の見えない日常」をそのまま一人の人間にしたような役でしたし、たった一人、そしてたった数分の会話だけれど、この人がいるからボニーは普通に生きていたら「女優」にはなれないだろうということがそれだけでわかってしまう。最悪な客が来る店で働いて、外に出る資金を貯めることもできず、夢とエネルギーだけが心にある。ボニーはクライドほど痛めつけられる描写がないのですが、こうした男性の存在があるから、その行き詰まっている日々に少しも気付いてない母親や男友達の存在が、相対的にボニーには「痛み」なのだとわかってくる。
 また、食料品店でクライドが強盗をする場面。その前の街並みの民衆の場面から、食料品店に移るところで、民衆役の桜路さんの表情がかなり変わるのが私は好きでした。街並みは街全体、というか国全体の疲弊感が出ていたけれどそれが食料品店の客という立ち位置になると一気に個人の表情に変わっていた。一人の人の愛嬌がある顔になる、というか。あの場面はクライドが初めて犯してしまった殺人のシーンであるけれど、決してクライドの人生の一場面なだけではない。あの場所には「殺された人」がいて「殺人現場を見てしまった人」がいる。人生ではなく社会で起きた出来事、無数の人生の交差点としてある出来事。そのことが、ここに登場する人々の一つ一つの表情で確実に作られているのがとても好きでした。

 舞台は映画と違って画面を切り取らずに板の上にあるすべてはいつでも誰でも見ることができるため、どんなにメインキャラクターに大問題が生じていても、それ以外の人々の姿がカットされることはありません。私は舞台のそうした「広さ」が大好きで、その良さを大切に、むしろ効果的に活かして物語を紡ぐ作品に惹きつけられます。(そしてそういう役どころを好きな人が演じているととても嬉しい。)「BONNIE&CLYDE」は「主役の人間」と同じくらい、そこにある「アメリカ」をとても重視した作りになっているように感じました。二人の運命は二人が決めたようで、でもそれだけではなく、その時代背景によるものが確実にある。エネルギーそのものだって、国の雰囲気によって煽られているものも確かにあった。どうやってものしあがれない立場で、「有名になりたい」「特別になりたい」という思いを捨てることなんてできず、そんな二人が、自分のままで生き抜こうとした結果、血にまみれた道を走り抜けることになる。アメリカ、という存在が常に舞台の上になければ、二人の本当の姿は見えてこないように思います。
 自分の未来を信じること、夢を見ること、やりたいこと。私はこんなものじゃないと、もっとすごくなれるんだと叫び、好きなだけ自分のエネルギーに変えることが許されている人と、許されない人がいる。そんな世界は確かにあったし、今だって本当はそうかもしれない。ボニーとクライドのあり方は、とてもエネルギッシュだけど、でも見ていてとても息が詰まります。ボニーは本当に強盗をしなければ女優になれていたんだろうか? ボニー自身はどう思っていたんだろう? ハリウッドに行くお金は、クライドがやっと(犯罪で)手に入れてくれたのだ。それがなければ彼女の「成功」はあり得なかったけど、それがあったから、彼女は犯罪者として死んだ。彼らはどのタイミングからこうなる運命にいたのだろう。いつ、どれを、本当の意味で彼らは選んだんだろう。選ばされたのではなく、選んだと、本当に言えるんだろうか?
 それでも、だからといって彼らの罪が許されることはない。たとえ一時的に二人を支持する人がいても、その人気が二人の凶行を止めるわけではないし、彼らが殺した人間を生き返らせることもない。彼らは確実に間違っている。でも、これは彼らだけの話ではないし、彼らが愚かだったのだと全てから切り離して語ることはできないのだと思います。二人のそばにずっとあるもの。社会。アメリカ。もしかしたらアメリカも一つの主役としてそこにいるのかもしれない、と私は公演中ぼんやりと考えていた。

 きっと、ボニーやクライドになるかもしれなかった人は当時のアメリカにたくさんいて、でもほとんどの人はそうならなかった、ということがこの物語にとってとても大切なのだと思う。そういう人々がたくさん生まれるような世界だったこと、そして、それでも彼らと同じにはならなかった人がいること。人は自分で選んできた人生であっても、本当は、自分一人の判断なんてほとんどなくて、でもその中で必死に自分が見ている「前」を、そして一瞬見えた「光」を信じるしかない。その「信じる」精度だけが全てになる瞬間が、人生にはあって、それをきらめいたものだと思いたい人のためにフィクションが存在すると私は思っている。なぜなら現実を生きる人々は、物語のように先が読める人生を生きてはおらず、必ず回収される伏線なんて持たず、そして報われないこともたくさんある日々を過ごしているから。自分の選択が正しいのか間違っているのかわかることなんてほとんどなく、わからないままで生き抜かなくちゃいけないからだ。何が正しいかなんてわかることがない中で、「信じる」その強度だけが全てである瞬間を人は迎えることがある。だから、信じるエネルギーに美しさを感じられる瞬間が物語にあると、人は強く共鳴するのだろう。たとえ行動は間違っていても、やっていることは明らかな悪事でも、そのエネルギーに、愛や夢や青春を垣間見ることができたとき、人は勇気づけられる。この物語はそのためにあり、彼らが見ているものが本当に「光」だったかどうかを、観客が簡単に判断できてしまってはいけないんだ。信じたものがどんなものかより、信じたその心の精度を、作品は描いているから。だから、彼らの存在を社会から切り取らず、社会と共に描いていたんだろう。

 と、思うと、宝塚はやはりどの人にもファンがいて、誰かが必ずその人を見ているという事実が、そしてそれを多くの観客が知っているという事実が、とても意味を成していたように感じる。私は桜路さんが好きだからすごく桜路さんを見てたんですけど、桜路さんが作っていく何人ものキャラクターを通じてこの物語を見られたことが本当に大きな宝物になっている。多数の演者によって作り上げられた「アメリカの人々」が、それぞれ粒だった存在感を持っていて、それを前提に観客がボニーとクライドに出会うこと。それはきっと作品にとって素晴らしい効果を発揮したはず。そして作品にこの良さが昇華されていたからこそ、ミュージカルの観客としても宝塚のオタクとしても幸福な公演になっていたのではないかなぁ。
 フィナーレはただただ幸せでした! この時代のアメリカの空気をショーにした瞬間の雪組のかっこよさが好きです。桜路さんが好きでよかったなぁと千回くらい思った公演でした。

(さいはて・たひ/詩人)

 

 

(*註)大劇場公演――宝塚大劇場と東京宝塚劇場と、合わせて約3カ月間行われる公演のこと。他にバウホール公演や、外部の劇場を使用した別箱公演がある。

[雪組公演「BONNIE & CLYDE」2023年2月6日~3月1日:御園座にて公演]

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