『自閉症のぼくは小説家』連載第12回「ぼくの好きな人」

『自閉症のぼくは小説家』連載第12回「ぼくの好きな人」

連載第12回 ぼくの好きな人

 
気になる存在

人は自分と似ている部分があると、その人に親近感を抱く。そして気づかないうちに、その人に惹かれていくものではないだろうか。

僕も最近、そのような流れである人に興味を持ち惹かれた。ローカル路線バス乗り継ぎの旅の出演者、蛭子能収さんだ(僕が最近この番組にはまっていることは前回お伝えした)。蛭子さんは発言も行動も、感情のおもむくままで自由だ。バス旅で食事をするときも、普通なら地元の人に気を遣ってその土地の名産などを注文するところを「カレー!」とか「かつ丼!」とか自分が今食べたいものを注文してしまい、ひんしゅくを買ってしまう。その遠慮がないストレートな物言いと行動が、僕にはとても身近に感じられ惹かれてしまったのだ。僕にも、なぜそこでそんなことをするのか?という行動を取ってしまうことが数知れずある。

たとえば食事の時、隣で食べている父や母の(時には他人の)食べ物や飲み物を掴み取ってしまうことがある。隣の父の鮭が目に入りそれを「食べたい」と思ったとする。そうなると僕は一瞬でその鮭を掴み取ってしまうのだ。

「はくと! 人のものを取ったらダメじゃないか!」と父は当然烈火のごとく怒る。でも「人のものなんだ」とか「いけないことなんだ」という考えは正直この瞬間、頭からすっ飛んでしまっている。「食べたい」という衝動が勝ってしまい、自分を制することができないのだ。僕はこんな普通の人には考えられない行動をしてしまう自分が自分でも嫌になる。怒られるたびに、心から反省もするし落ち込む。でも何度怒られても繰り返してしまう。そんなコントロールできない自分の衝動や行動に苦しんでいる僕にとって、迷惑も顧みず素直に伸び伸び言いたいことを言い、行動する蛭子さんは、正直素敵に映ったし、とても親近感が沸いたのだ。

 
蛭子さんのルール

蛭子さんのことをもっと深く知りたくなった僕は、蛭子さん自身が書いた本を何冊か読んでみた。そこで蛭子さんが人生において一番大切にしているのは「自由」であること、そして「人と群れない」ことだということを知った。

確かに蛭子さんはバス旅のようなチーム力を大事にする場所では人に合わせた行動をきちんととっているが、人は基本1人、自由な発想を持ち自分の世界を持つことこそ一番大事、という考えや強い意思を、蛭子さんの発言のふしぶしからも強く感じとることができる。

僕も集団が大の苦手だ。集団から離れ、言葉や文学の世界に身をおいて静かに生きていたいとも思う。群れに属さないといけないという圧力を無視する蛭子さんの生きかたにも共感するし、憧れる。人は圧力を感じることなく、そこから解放されて自由でいるべきだとも思う。

しかし自由でいたい、集団にも属したくない、そのような生き方は他の立場の人から見れば、我儘で身勝手ともとれるのではないだろうか。しかし蛭子さんの今まで辿ってきた軌跡を知るにつれ、そのような生き方を貫いているのにはきちんとした理由と主張があるということが分かってきたのだ。

 
書くことは救い

父親が漁師で母親も漁を手伝っていたため、ほとんど両親が家にいない環境で育った蛭子さんは、黙々と絵を描いたり星を1人で眺めたりすることを好む少年だったという。
そんな風に孤独に慣れていたことが、蛭子さんが1人でいる強さを身につけるきっかけになったのかもしれない。

中学時代はグループの下っ端扱いをさせられ、荷物持ちを強いられたり、不良グループからいじめを受けていたそうだ。抵抗しない蛭子さんを殴る、でも先生は助けてくれないという辛い環境で過ごし、学校生活がとてもしんどかったという。そんな蛭子さんを救ったのが「漫画」だった。

家に帰るとひたすら漫画を書いていたそうだ。いじめで受けた悔しさ、苦しみをすべて絵にぶつけていたのだ。自分をいじめた同級生を敵役に設定して、漫画の中でめちゃくちゃにして倒すというようなものを書いたり、環境が変わるまでそうやってひたすら耐え忍んでいたという。僕も小学校の時自分の心にあるドロドロした思いが溜まってくると、それを(タブレットで)言葉として吐き出していた。自分が主人公の物語を作って救われたこともある(言葉を話せない僕をケヤキの木が葉を揺らし慰めてくれるというお話)。こうやって書くことで、なぜか心がスッキリとし明るい気持ちになった。なのでこの気持ちを表現し、吐き出す行為の心地よさと解放感は、僕もとても良くわかるのだ。

ここで僕は以前(蛭子さんと同様)惹かれ夢中になったもう1人の人物の、あるエピソードを思い出していた。

 
運命的な出会い

その人は、昭和時代に放浪画家として活躍した山下清さんだ。中学生の時、初めて山下さんの絵を見た僕は衝撃を受けて、彼をテーマに生まれて初めて小論文というものを書いた。1922年浅草で生まれた山下さんは、幼い頃重い消化不良となり、三か月間も寝たきりになってしまった。この病が原因でしだいに吃音が目立つようになり、話し言葉に軽い言語障害が残ってしまう。小学校では同級生に吃音を馬鹿にされ、山下さんもまた学校でいじめられていたそうだ。

高学年になるといじめがますます激しくなり、とうとういじめに対して暴力で対抗するようになっていったという。いじめにより心が荒れてしまった山下さんに困り果てたお母さんは、養護施設に息子を預けることにした。だがそこでも心の荒れは治まらず、毎日ひどい状態だったのだという。他の生徒のものをどぶ川に投げ込んだり、畑から桃を盗んだり、手の付けようがなかったそうだ。

しかしそんな山下さんに、人生を大きく変える運命的な出会いが訪れる。それは図工の時間に行っていた「ちぎり絵」との出会いだ。

生まれて初めて自分が夢中になれるものに出会えた奇跡の瞬間だった。心に眠っていた美しい世界、いじめで受けた悲しみ、そして傷ついたガラスのような心が、色彩が、目の前に自らの手で紡ぎだされ再現する過程は、救われるような、満たされていくような幸福な時間だったのだろう。山下さんは驚くほど落ち着いていったのだ。

蛭子さんの「漫画」、山下さんの「ちぎり絵」、僕の「文章」。

人はなにか夢中になれ、これだけはできるんだと思える何かに出会えたなら、それだけで心が満たされ人生が輝くのだと思う。自分の得意な何かを見つける大切さを改めて感じる。

 
自分を表現するということ
話を蛭子さんに戻すとしよう。
蛭子さんが自由に生きようと考えるに辿り着くまでには、いくつもの苦しみを乗り越えた経験があった。群れを作らなければ、区別や差別は発生しないのだと蛭子さんは語る。そうすればいじめが生まれることもないし、1人でいる強さ、自分を表現する術を身につけ自由に生きていけば、人生の荒波をのりきっていけることを誰よりも知っているのだ。
集団に属さない、自由に生きていたい…一見理解出来ないその人の生き方、価値観にはその人なりのストーリーがある。
 
蛭子さんは現在認知症を患っている。しかし数年前「最後の展覧会」というアート展を開催した。その絵たちを見て、僕はあまりの感動に言葉さえ失った。会場に飾られたいくつもの絵は、真っ白い壁にまるで花が咲くように色とりどりの色彩を放っていた。目が眩むほどの明るいピンク、新緑の緑、太陽のオレンジ…思わず自分でも「きれいだなあ…」と呟く蛭子さん。学生時代に描いた苦しみのイメージはそこには全くない。そこには自由に生きてきた蛭子さんの、温かく朗らかで幸福な世界観があったのだ。
 
きっと僕は僕に似た感覚を持つ人に惹かれるのだと思う。無意識にまるで共鳴するように、心に痛みを持つ人に惹かれていく。蛭子さんも山下さんも、社会には馴染まなくとも、自分の願望や欲求に素直に向き合い、自分の思うがままに正直に生きぬいてきた。世の中に同調せず生きていくことは、実際には難しいのかもしれない。でもだからこそ僕は、このような人達の生き方に憧れ、どうしようもなく惹かれるのかもしれない。

 

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著者

内田博仁

(うちだ・はくと)2008年生まれ。2歳で知的障害を伴う自閉症と診断。6歳でキーボードで文字を打てることがわかる。表現活動を始め、作文コンクールや文学賞の受賞を重ねる(7回)。小6で第4回徒然草エッセイ大賞大賞、15歳で松本清張記念館の中学生・高校生読書感想文コンクール最優秀賞、北九州子どもノンフィクション文学賞で選考委員特別賞・あさのあつこ賞を受賞。平日は学校の後に母と読書や文章を書き、週末は父とサイクリングなど外に出かけている。
 

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