連載第13回「あの人からのメッセージ」

連載第13回「あの人からのメッセージ」

連載第13回 あの人からのメッセージ

 
僕の日課
 
 

小学生の時から、とにかく何でもいいから一日一回は文章を打つことを自分に課してきた。

文章で表現するということは気持ちのいいことばかりではない。自分の傷や苦しみに向き合い、それを世の中の人に晒すこと。何よりその心の痛みを言葉として表現することは、時に苦しいものだ。どうやってこの思いを表現したらいいのか? 打つ手が止まり言葉が浮かばない時は、辛くて叫びたくなることもある。

だからそんな僕に、母は毎日のように「今日はもう打つの止める? どうする?」と気持ちを確かめる。

僕はじっと考える。以前は「大丈夫です」とか「頑張ります」とか打つことが多かった。でも最近は、タブレットを自分の方に強く引き寄せ「休憩したい」と打つことが多くなってきた。

それはそうだろう。最近は以前とは違い、締め切りやテーマという縛りが増えてきた。書くことに伴う「責任」という新たな思いや、プレッシャーが僕の中に生まれてしまったのだから(これは僕にはとてもいいことだとは思っている)。

しかし休憩が必要なほど時に苦しくても、僕は何故文章を打ちたいのか。止めたいと言えばすぐに止めることができるのに、何故文章で表現することを止めないのか。その理由は自分でも分かっている。それはその苦しみに見合うほど、いやそれ以上の大きな喜び、幸せがその先に待っているからだ。

そしてもう一つの大きな理由。それは僕が多感な時期にかけてもらった言葉が、いまも僕の中で強く生き続けているからだ。

 

強烈な出会い

K先生を初めて見たのは小学校四年生になった新学期、桜が満開の校庭で始業式が行われた時だ。

その日は休み明けというのもあって、皆おしゃべりしたりダラダラしたりと怠慢で、かつ浮かれた雰囲気に包まれていた。その時「静かにしなさい!!」とまるで地鳴りのような怒鳴り声がした。一瞬で皆がシーンと静まり返る。列の後ろの離れた場所で砂いじりをしていた僕も、あまりの迫力にビクッとして固まってしまった。その強烈な存在感を放っていた先生、それがK先生だった。そしてこの後K先生が僕の(通常級の)担任になると発表されたのだ。

後から聞いた話によると、K先生は怒ると怖いことで有名だったらしい。でも僕はその厳しい態度に、何故か怖いというよりも強い意志と誠実さを感じた。温かい眼差しと真剣な態度に、一目でこの先生は信頼できると確信したのだ。

それから僕の四年生としての新しい生活が始まった。毎朝支援級から通常級のクラスに行くと、K先生は「おはよう!」と満面の笑顔で迎えてくれた。しかしクラスに入ると僕は窓際にあるピアノがどうしても気になってしまい、毎回真っ先にそのピアノに向かっていってしまう。そしてピアノを触ったり、しまいには乗っかったりして、僕は自分の席になかなか座れなかった。クラスの友達は先生を皆信頼していたから、先生が僕にどう対処するか、皆そこに注目していたように思う。この厳しい先生ははくとくんにどういう態度をとるのだろうか?と。

しかしそんな僕を見て先生は「おおいいよ、そこで聞いていて」と優しい声で言ってくれたのだ。先生が座らなくてもいいと言うならそれでいいのだろう、そんな雰囲気がクラスに生まれた。この友達の態度は僕には救いだった。だから僕は毎日構えずに教室に行くことができたのだ。

 

家庭訪問の日。帰り際、僕がタブレットで「いつも迷惑ばかりかけてすみません」と打った時は、

「今動画を撮れば良かった! 撮り忘れた。ああクラスの子に見せたかった」

ととても悔しがってくれた。

いつも先生は僕の能力を誰よりも信じてくれていた。だからそれを何とかしてクラスの皆に伝えたかったのだと思う。僕のような見た目の行動(椅子には座らない、反応も薄い、指示に従わない)を見て、見えるもの、今そこにある事実しか信じない、認めない先生は正直多かった。でもK先生は、見えない僕の奥にある可能性を信じてくれていたのだ。

 

最後にくれたもの

K先生は毎日プリントもくれた。国語、社会、理科……一日最低でも5枚はあった。「あら~これは追いつけないわ」と言いながらも母は本当に嬉しそうだった。

「絶対にこれ全部こなそうね」

母に励まされ、書くのは苦手だったけれど頑張って答えを回答して出した。先生は毎回丁寧に赤鉛筆で添削をしてくれた。教科書がもらえなくて本当に悔しい思いをしていた僕だったが、皆に追いついたような気がしてやっと焦りがなくなったのを覚えている。僕も皆と同じ学生なんだ!という喜びで心が満たされた。

「僕は君を信じる。君ならもっとできるはずだ」というK先生の思いが、手渡されるプリントから毎回熱を帯びるように伝わってきた。この頃は、それに応えるのに毎日必死だった。あの頃、日々学力が伸びていく感覚は充実していて本当に幸せだった。

 

そんな先生との別れの時がきた。卒業式を終えた僕に、先生はこう言った。

「もっと色々してあげたかったのにごめんね。もっとしてあげられることがあったはずだ」と。

これ以上ないくらい僕に大切なことをたくさん教えてくれたのに。僕は感極まり下を向いてしまった。

家に帰るとアルバムの中にK先生の手書きのメッセージがあった。「はくちゃんは人を笑顔にする力があります。これからははくちゃんの書く文章でみんなを笑顔にしてね」

 

囁かれた言葉

中学生になり、僕はより多くの文学賞に挑戦した。賞を受賞すると毎回授賞式が行われる。そこで僕は、たくさんの著名な審査員の方々と出会うことができた。作家、ノンフィクションライター、大学教授、詩人、脳科学者……様々な分野の人たちに出会え言葉をかけて頂ける授賞式は、僕にとってとても貴重な機会だった。その中で、毎年会うたびに必ず言葉をかけてくれた人がいた。それがリリー・フランキーさんだ。

授賞式にリリーさんが登場すると、一瞬で会場の雰囲気が華やかになる。リリーさんはゆったりと落ち着いて飄々と話すけれどその内容はとてもユーモアと温かさがあり、会場のみんなが笑顔になった。

僕の作品に対して「自分の立場を自らの手で発信するということは、とても大きな意味がある」と言ってくれた。そして一呼吸おいた後「これからも書き続けてください」という言葉を最後に発した。僕はその最後の言葉に衝撃を受けた。こんなに満身創痍でやっと書き終え、賞までもらえ、今最高に幸せなのに、また次も書きなさいと言うのか?と思ってしまったのだ。

この言葉が忘れられなかった僕は、引き続きひたすら書き続け、そして2年後、ある作品を書き終えた。しかしその晴れある授賞式の場では僕は調子が悪く、声を出したり椅子に落ち着いて座れなかったりと散々だった。

授賞式終了後、リリーさんにサインをもらえるというので並んで待っていた時、とうとう僕は疲れと興奮がピークを迎えてしまい床に座り込んでしまった。母が「申し訳ありません」とリリーさんに平謝りする。するとリリーさんは「僕も座ろう」と言い、なんと僕の隣の地べたにいきなり座り込んだのだ。とても有名な人なのにこんな行動をするなんて、と僕も家族も唖然とした。一緒の目線になろうと座り込んでくれたその優しさと行動力にとても驚いたのと同時に、深く胸を打たれ感動した。人間力の高い人というのはこのような人なのかと思った。そしてまた耳元でリリーさんはこう囁いたのだ。

「これからも書き続けてください」と。

リリーさんは分かっていたのだと思う。いつかきっともう書きたくないと苦しむ時がくることを。でも書くのを止めてしまったらどんなに文章が上手な人でもその力は衰えてしまうことも。僕はこの時も誓ったのだ。どんなことがあろうと書き続けると。

 

書くことは時に苦しい。それでも僕が書き続けてこられたのは、僕の心の芯にこの言葉たちが生き続けていたからだ。この揺るぎない芯が今も僕をずっと支えてくれている。何より自分の書いた文章が人に伝わった時の喜びや幸福感は何にも変えられない。これも書き続けることで起きた奇跡なのだ。

 

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著者

内田博仁

(うちだ・はくと)2008年生まれ。2歳で知的障害を伴う自閉症と診断。6歳でキーボードで文字を打てることがわかる。表現活動を始め、作文コンクールや文学賞の受賞を重ねる(7回)。小6で第4回徒然草エッセイ大賞大賞、15歳で松本清張記念館の中学生・高校生読書感想文コンクール最優秀賞、北九州子どもノンフィクション文学賞で選考委員特別賞・あさのあつこ賞を受賞。平日は学校の後に母と読書や文章を書き、週末は父とサイクリングなど外に出かけている。
 

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