路上の輝き 第7回
佐々木譲
2026.05.16
8
朝七時に冬樹が修平を呼んだ。テープを貼ってほしいとのことだった。
隣りの部屋に行くと、冬樹は腰にバスタオルを巻いた半裸の姿だった。
「頼む」と冬樹が言って、ベッドの端に腰を下ろした。トップシーツの上に、もう見慣れた消炎鎮痛剤の袋がある。
「うつ伏せになって」と修平はうながした。
冬樹は素直にベッドの上で、タオルを巻いたままうつ伏せになり、腰からタオルを少し下にずらした。
修平はベッドの脇で腰をかがめ、まずテープから剥離フィルムの中央部分を剥がした。
もうどこに貼ったらよいのかは知っている。でもいちおう左手で冬樹の腰に手を当てて訊いた。
「ここでいいかな」
「そう」と冬樹が言った。「ちょうどそこ」
腰の骨の上にも、ろくに脂肪はついていない。もともと痩せていたけれど、こうして裸の背中を見下ろすと、あらためて冬樹が確実に衰弱しているのだとわかる。一昨日初めてその背中を見て、修平はぎくりとしたのだった。たぶんかつての標準体重から、十キログラムは落ちているのではないか。
テープの剥離フィルムを剥がした部分を腰骨に沿って貼り、それからもう一方の剥離フィルムをはがして、そっとテープを肌に押し伸ばした。
ついで手前側だ。
「完了。ほかにはどこか」
「うん。いい」
冬樹はベッドの上で上体を半分ひねった。
「毎日、すまない」
「不慣れで、ごめん」
「最高だよ」
冬樹がまだ何か言いたそうだった。修平が冬樹を見つめていると、彼は気まずそうに言った。
「ありがとう。これから、大人のパンツを履くんだ」
出ていってくれと言おうとしたのだ。
「ごめん」修平はあわてて背を伸ばした。「きょうまで履いていたかい?」
冬樹が漏尿防止パンツを履いていたとは気がつかなかったのだ。ズボンの上からも、まったくそうは見えなかったし。
「いや。だけどきょうは、絶対に失敗できないから」
「昨日まで何でもなかった。大丈夫だと見えるけど」
「きょうは、もしものことが怖い。絶対に避けたい。オムツをつけているんだと告白する恥は忍んでも」
「何を見栄を張ることがある? ぼくらの歳の男がどんな失敗をしても、誰も笑わない」
「哀れに思われるのがいやだ。三十分したら、また来てくれないか。チェックアウトする支度をしておく。きょうのホテルは?」
「繁華街に近いところにした」
奈津美のライブハウス・紙屋町スタジオまで歩ける距離だろうと思ったのだが、いまの冬樹の様子を見ると、歩くのは避けたほうがいいかもしれない。タクシーならば、たぶんワンメーターの距離だ。
「じゃあ、また部屋に来る」
自分の部屋に戻ると、修平は奈津美に電話した。
奈津美が期待の感じられる声で言った。
「きょうだね。いよいよだね」
修平は言った。
「十二時三分発の、のぞみ65号に乗るよ」
「広島終着ののぞみね。迎えに行く。その時刻だと、チェックインはできないね」
「荷物を預けて、店に行くよ」
「ライブは、きょうは特別プログラムで二時と四時。四時の回の少し前に店に来てもらえるといいかな」
「最後の日で、きょうは忙しいんだろう?」
「きょうはボランティアも多い。オーナーとしては、少しラク」
「ライブのあとは、さよならパーティなんかもあるんじゃないの?」
「ううん。出演するグループは、別に打ち上げするだろうと思うけど。だから修さんたちがよければ、ライブの後は店でゆっくりお酒が飲める」
「冬樹さんは、全然飲んでいない。水かお茶だけだ」
「冬樹さんがお茶でも、盛り上がることはできる。冬樹さんの調子は?」
「悪くないよ。奈津美ちゃんと会うことを、すごく楽しみにしている」
「ふたりが東京を出発してから、冬樹さん、ショートメールを一回くれただけなんだよ。ひとこと声を聞かせてくれてもいいのに」
それが気に入らないと言っている調子ではなかった。いまさらながら冬樹のキャラクターに呆れていると語ることも楽しい、と聞こえた。微妙に言葉の調子が、高田馬場の月蝕洞でよく飲んでいた二十代のころに戻ったようでもあった。
「奈津美ちゃんからかければいい」
「せっかくふたりで旅行しているのに、なんとなくそれは避けようと思って」
「そういう旅行ではないけど」
「改札を出たところで、待っています。遅くなるときは電話をください」
修平は、一度だけ行ったことのある紙屋町スタジオの店内を思い出した。三十年ほど前に行ったときの記憶だ。
奈津美が広島の実家の建物でライブ・ハウスを開いた、と案内が来た。場所は広島市の中心部、紙屋町というエリアの一角で、かつて両親が洋品店を営んでいたビルだ。すでに両親は奈津美の帰るのを待たずに洋品店を畳み、小さな三階建て自社ビルの一階の店舗を、いったんはチェーンのドラッグストアに貸していたのだった。そのドラッグストアも近くの本通りというアーケード商店街に移転して、その店舗スペースが空いた。奈津美はそこに、かねてからの夢であったライブハウスをオープンさせたのだ。
紙屋町スタジオ、というのがそのライブハウスの名だった。音楽の練習場としても使えるようにと、あえてこの名にしたということだった。
修平は京都に住む冬樹に電話した。彼のもとにも同じ案内が届いていた。一緒に行こうと話が決まり、まず土曜日に修平が京都に行き、冬樹と会う。翌日、冬樹と一緒に同じ山陽新幹線に乗って、広島に向かうのだ。修平は京都から先はあまり旅行したことがなかったが、もちろん修学旅行では広島には行っている。出張も何度かあった。初めての都市ではない。
会いに行こうと決めるまで、修平には少しためらいがあった。奈津美と会うことが気まずかった。その前に会ったのは、京都に一緒に冬樹に会いに行ったときだ。東京駅で待ち合わせ、一緒に京都に向かったのだった。その半年後には彼女は広島に帰った。お別れ会をする暇もなかった。
奈津美の帰郷には、自分との関係があると修平はわかっていた。その前にも奈津美が広島に帰ると言ったとき、その言葉は何の含みもなしの、冷静な結論の告知と聞こえたのだ。真意を確かめたりする必要はなかったし、翻意をうながすこともできないと思った。その後、奈津美から帰る日が決まったと連絡はなかった。いぶかったけれども、自分もいくつか結論を出すべきときが来たのだ。帰郷を告げられてからほぼ半年の後、修平は同僚であり、部下とも言える女性、美知子を食事に誘った。
それからひと月経ったか経たないかというころ、金曜日の夜に奈津美から電話がかかってきた。奈津美は酔っているような声だった。
「修さん」と奈津美は言った。「月蝕洞にいるんです。いまから出てきませんか。遅いのはわかっていますけど」
その夜、部屋には美知子がいた。修平は美知子の目と耳を意識しながら言った。
「ごめん、もう寝てしまうんだ」
奈津美は広島に帰っていなかったのだと、それを知った電話でもあった。
「駄目ですか?」
「ちょっと無理だ」
「誰かいます?」
答がわずかに遅れた。言葉も動揺したろう。
「いいや」
「ごめん。遅くにかけてしまって」
それで切れた。
それからまた半年ほどの後、帰国した冬樹を囲む三人の会で、修平は自分の生活に変化があったことを伝えたのだ。
「じつは結婚したんだ。会社の同僚と」
冬樹が戸惑ったように言った。
「みんな、ぼくの知らないところでしっかり自分の人生を生きているな」
奈津美が修平を見つめている。どこか当惑気味の顔とも見えたけれど、彼女はすぐに表情を変え、うれしそうに言った。
「披露宴はこれからですか?」
「いいや」修平は答えた。「ごく簡単に、身内だけでする」
「水くさい」
「広めてまわるようなことでもないし」
「隠すようなことではないでしょう」
「隠すつもりはないから、いまここでふたりに言ったんだ」
冬樹が言った。
「きょうはスパークリング・ワインにしようか。修さんの結婚祝い」
修平も言った。
「冬樹さんの帰国祝いの夜だ」
奈津美が冬樹に訊いた。
「冬樹さんは、この後どうするんです?」
「いったん実家に帰るよ」と冬樹が答えた。「カネも使い果たして帰って来たんだ」
修平は立ち上がってカウンターに近寄り、マスターにスパークリング・ワインがあるかどうかを訊いた。
冬樹とふたりで、ライブハウスを開いたばかりの奈津美を訪ねたのは五月の週末だった。広島駅に近いビジネス・ホテルにチェックインした後、路面電車に乗って、ライブハウスのある紙屋町という繁華街へと向かった。
紙屋町スタジオは、アーケード街である本通り商店街から、中通りを北に少し入ったところにあった。三階建ての古いビルだった。一階の壁面に、紙屋町スタジオのロゴタイプとマークがペイントされている。建物の二階には、美容室が入っていた。奈津美の子供のころは、三階が自宅だったという。
修平たちが行ったのは、地元のグループのライブのある日だった。主に六十年代のポップスやフォークソングを演奏するグループだという。ヒロシマ・ドリームスという名のグループだった。
ライブの前はカフェ・タイムだというが、奈津美は七時からのライブが始まるところで来て欲しいと言ってきていた。修平たちは建物のある場所を確認してから、紙屋町周辺と、本通り商店街などをひやかした。ライブ中も食事はできる店とのことだけれど、外でお好み焼きを食べた。その店を出ると酒屋に立ち寄り、ライブの始まる十五分前に店に入った。
間口三間の、奥に細長い店で、もっとも奥にステージがある。入り口側にカウンター、その横手に小さな厨房があった。全体は、特別にコンセプトのはっきりした内装でもなく、ロフトっぽい簡素な印象の店内で、椅子やテーブルなども揃っていなかった。飲食店用品の中古ショップでばらばらに集めてきたように見えた。それでも満席になった場合、店にはたぶん五十人ほどの客が入るのだろう。
内装の中でシンボルとなるようなものといえば、いっぽうの壁の上部を埋めている六十年代から七十年代のポップスのLPレコードのジャケットだった。またロフトっぽいグレーの壁や配管類がむき出しの天井の店内で、部分的に、パイプとか、ひとつふたつの革張りの椅子とか、厨房の冷蔵庫とかに、強烈な赤が使われていた。
奈津美が、カウンターの奥から駆けるようにやってきた。シャツとパンツ姿だ。
冬樹が両手を広げた。奈津美は冬樹とハグすると、修平にもハグを求めてきた。
「はるばるありがとう」と奈津美は修平たちを交互に見ながら言った。
旧友たちを迎える、翳りのない女性の顔だった。修平は安堵した。まだ自分にはわだかまっていることがあったし、負い目も感じていたからだ。でも奈津美は、修平に微塵もそのことを感じさせない顔で、歓迎してくれたのだ。
奈津美がまた言った。
「正直なところ、きょうほんとうに来てくれるのかも、ちょっと心配していた」
「どうして」と冬樹。
「ふたりは遠くにいるから。店の開店は決めたけれど、約束はしなかったから。どきどきだった」
「来ると約束した」と修平は言った。
「それでも」
冬樹がショルダーバッグから、少し前に買ったスパークリング・ワインのボトルを取り出した。
「お祝いだ」
奈津美が小さく歓声を上げた。
「冬樹さん、無理しなかった?」
「馬鹿にするな。いつも飲んでる」
「いつもお祝い?」
「ぼくの人生は毎日がお祝い」
修平は赤ワインのボトルを取り出した。ブルゴーニュだ。
「お祝いだから、ぼくは少し無理をしたぞ。悪くないワインのはず」
奈津美は笑った。
「いますぐ飲みます? ライブの後なら、ゆっくり飲めます。わたしも飲める」
「そうしよう」と冬樹。「ライブのあいだは、ビールを飲みたい。いいかな」
「もちろんです。好きなだけ飲んでください。こんなオーナー特権、使うことなんてないんだけど、ふたりは特別」
修平たちの後からも、客が続けて入ってきた。修平たちは、カウンターに近い、つまりステージからもっとも遠い席の丸テーブルに案内された。奈津美は若いウエイトレスに注文取りを任せると、新しい客たちに挨拶しながら近寄っていった。しばらくはオーナーとして忙しくなるようだった。
ステージでは、ちょうどヒロシマ・ドリームスの面々が音合わせをしていた。女性ボーカルと、ギター、ベースギター、キーボードの編成のバンドだった。メンバーの年齢はみな二十代なかばくらいで、ティーンエイジャーのときに六十年代のポップスやフォークソングを聴いたのではないようだった。成人してから発見した、出合った、という年代と思えた。
演奏は途中に休憩をはさみ、一時間三十分のステージで、修平も中学生から高校生にかけての時期、ラジオでよく聴いていた曲が演奏された。
ライブが終わり、出演者たちがステージから退けて、カフェ・タイムとなった。
奈津美がテーブルにやってきて、椅子に腰掛けた。
「忙しそうだ」と冬樹が言った。
「なかなかのフィジカル・ワークだよ」
奈津美がカウンターのほうに振り返り、その日ウエイターの仕事をしていた男に声をかけた。
「上浦さん、さっきのスパークリングと、グラスを持ってきてもらっていい?」
上浦と呼ばれた男が言った。
「三つですね」
「お願い」
すぐに上浦がボトルとグラスを運んできてくれた。彼は長髪で、本人自身が音楽をやっていそうな雰囲気があった。修平たちと同年代くらいか。
奈津美が上浦に修平たちを紹介した。
「ほら、堂内さんと及川さん。こちらは上浦さん。店をときどき手伝ってもらっている」
上浦は言った。
「どうも。京都と東京からですか?」
冬樹が言った。
「うん。もっと早くに来ようと思っていたんだけど。何か聞いていたんですか?」
「懐かしい友達が来るって」
「男だと思っていなかった?」
「聞いていました。男友達だって」
修平はスパークリング・ワインの栓を慎重に抜いた。
軽い破裂音がして、奈津美が音を立てずに拍手した。修平はワインを三つのグラスに注いだ。
乾杯してから、冬樹が店の中を眺めて言った。
「そうか。これがミミの夢の店だったか」
奈津美が、少し得意そうに言った。
「なんとか半年もたせた」
「いい店じゃないか」
「そうですか? おカネが足りないから、内装は後回し。音響機材のほうにおカネをかけた」
「それは正解だ。思い描いているのは、ヴィレッジのライフ・カフェなんだろう?」
「あの店も、目標のひとつ。でも、おカネをかけても、どうしようもないものもある」
「たとえば?」
奈津美はちらりと左右を見渡した。大部分の客はもう帰ってしまっている。三、四組の客しかいない。カウンターには三人。
奈津美が小声で答えた。
「お客の数。これだけはどうしようもない。東京なら、いくつかのエリアに分散して、それなりにいるけれど、あ、それでも東京だって、ヴィレッジみたいに集中してはいないね」
「あそこは、その点では世界一だった」
「絶対数が少ないお客さんを、なんとか企画で引っ張ろうとしている。ライブハウスとしてよりも、まだカフェで食べている状態なの。それでも苦戦している」
「京都みたいに、学生やインテリが多い街とも違うものな。音楽環境としては、広島はどうなんだ?」
「このあたりに限っていえば、ヤマハがあり、カワイもスタンウェイもあって、老舗の楽器店も近い。ライブハウスはあまりない」
「広島自体さ」
「拓郎が出た街です」
「わかってる」
「広島大学に、音楽系の学部もある。ほかにもいくつか」
「オーケストラもあったな。悪くないんだ」
奈津美が修平に顔を向けてきた。どう思う、と訊いている顔だ。
修平は言った。
「素敵だよ。ヴィレッジにあってもおかくないと思った」
「言い過ぎです」奈津美はグラスを持ち上げると、修平の前に突き出してきた。
修平も奈津美に合わせてグラスを持ち上げると、奈津美がグラスを軽く触れさせてきた。
「だけど、その言葉、うれしい」
三人で会うのは久しぶりだったから、酒もずいぶん飲んだ。スパークリング・ワインは最初の三十分で空いて、次に赤ワイン。そのボトルが空くと、店のワインを運んでもらって飲み続けた。
奈津美は仕事疲れなのか、少しずつ口数が少なくなっていった。修平と冬樹のふたりの会話が続くようになっていった。でも奈津美は、不愉快や退屈を感じているようではなかった。目を細め、ふたりの話を聞いているだけでも心地よいという顔で、椅子の背もたれに上体を預けていた。
冬樹がテーブルの上の三本目のワインのボトルに手を伸ばし、空だと気づいたか、カウンターを振り返りかけた。そのとき冬樹は時刻に気づいたようだった。
「おお、こんな時刻だ」
奈津美が言った。
「いいよ。わたしの店だ。朝まででも。何度もそんなふうに飲んだじゃないですか。始発で帰ったこともあった」
「あのころは若かった」
「わたしたち、大人にはなったけど、分別臭くなったわけじゃない。でしょ?」
「胃と肝機能の問題だ」
修平は言った。
「自分は大人になれた、という気もしないな」
言いながら、自分の言葉が妙に弁解めいた調子であることを意識した。
奈津美が修平の肩をこぶしで軽く小突いた。
「だけど青くはないよ、修さん」
冬樹が言った。
「ミミは酔ってるぞ」
「そりゃあ、酔います」奈津美は少し赤らんだ顔で言った。「いまわたしが何を考えていたかわかります?」
「何だ?」と冬樹。
修平は言った。
「このふたりは飲み過ぎだよ、だ」
「違う」と奈津美は首を横に振った。「どうしてふたりは、この街にいないのだろうって考えてた」
冬樹が修平に顔を向けた。
「どうしてだ、修さん」
修平は言った。
「奈津美ちゃんがいる街のよさに、気がついていなかったからだ」
奈津美が訊いた。
「きょう知ったね?」
「ああ」と、修平は答えた。「冬樹さんはどうしてだ?」
「ぼくは、ここにいないんじゃない。たまたま京都で生きている。たまたまだ。何の意味もない」冬樹は、同じ調子で続けた。「いま、もう一杯ワインを飲むか、迷っている。この件では、なりゆきで飲む、以外の答もないな。同じようなものだ」
「持ってくる」と奈津美が立ち上がり、カウンターのほうへと歩いていった。
修平はカウンターに目を向けた。カウンターの内側で、上浦が修平たちのテーブルを気にしていたのがわかった。
奈津美が戻ってきてボトルをテーブルに置いた。少し乱暴な置きかたとなった。
「あ」と奈津美が言った。「わたし、酔ってますね」
冬樹が言った。
「ぼくらも限界だな」
「ここでやめたら、次はいつ来てくれます?」
「できるだけ早く」
奈津美が修平を見た。
「修さんは?」
「冬樹さんとタイミングが合ったときに」
「やっぱり飲み続けましょう」
奈津美が修平のグラスにワインを注ごうとして、少しテーブルにこぼしてしまった。
上浦がすぐにダスターを持って駆けてきた。
冬樹が奈津美の手からボトルを取り上げてテーブルに置き、奈津美をあやすように言った。
「ここまでだ。倒れそうだ」
そこで解散することとなった。
中国人観光客の多いそのビジネス・ホテルをチェックアウトしたのは、十時二十分だ。修平たちは京都駅の南口へ、ゆっくり歩いて移動した。
ほんの三ブロックほどだったけれど、交差点に来るたびに冬樹は立ち止まり、青信号を一度やり過ごした。
駅舎まで来たときに、冬樹はまた立ち止まった。顔はとくに苦しげではない。ただ足が止まってしまったのだ。痛みや筋肉痛のせいではないだろう。ただ体力がなくなっているのか。足の筋肉が弱っているか。
「大丈夫かい?」と修平は訊いた。
「すまない。休み休み歩けば、大丈夫だ」
「ほんとうに無理をしないで。列車に遅れたって、広島に着くのがうんと遅くなったっていいんだし」
ふと思いついた。
「冬樹さんは、ステッキを使ったことは?」
「ない」
「駅ビルの中で買おうか。そういう店はあるはずだ」
「大丈夫だ。立ったまま、もう何分か休ませてもらえば」
修平は周囲を見渡した。入れる喫茶店とか、ベンチの置いてある施設はないだろうか。近頃は、JRの駅にも待合室がないところがある。大きな駅ほどそうであるように思う。京都駅の南口はどうだったろう。
冬樹が言った。
「ミミが上浦って男と結婚したと通知をくれたとき、驚いた。しかも半年もしないうちに子供を生んだ」
「ぎりぎり高齢出産だった。ぼくも驚いて心配した」
「結婚生活は意外に短かった」
「娘さんが高校に進学したところで離婚だった」
「披露宴に招ばれなくてよかった。その娘さんは、とうに結婚しているか」
「したと聞いたな」
奈津美のひとり娘は、東京の私立大学に進学し、卒業後は大手の旅行代理店に就職した。何年か、海外勤務もしたはずだ。子供を作り、いままた仕事をしていると聞いていた。
冬樹が言った。
「ぼくはミミの私生活というか、家庭のことをろくに覚えていないな。聞いているはずなのに。娘さんと会ったことは?」
「ないよ。ぼくらと会うのに、奈津美ちゃんは娘さんを連れてきたことはない」
「修さんだけでもと思ったんだ。ぼくが福岡にいる時代にでも」
冬樹が福岡から東京に戻ってきたのは、あの京都旅行からさらに十年近く経ってからだった。そのころは奈津美は紙屋町スタジオの経営と子育てで、そうとうに忙しかったはず。ろくに上京することもなくなっていた。もっとも昨日の冬樹の言葉で、奈津美が福岡に冬樹を訪ねていったことがあったと知ったが。
そのあと娘が東京の大学に進学してから、ようやくまた年に一度ぐらい、三人で会うようになった。そのころは月蝕洞は閉店していたから、とくに集まる場所を決めることなく、その都度あまり賑やかではない居酒屋とか、場所が分かりやすいエスニック料理の店などで会うのだった。
上京のとき、奈津美は娘の部屋に泊まってゆくのが常だったらしい。就職してからもだ。
「もう歩ける」冬樹が言った。「早めに改札を通ってしまうかい?」
修平は冬樹の様子を見てから言った。
「まだ時間の余裕はある。なんとか喫茶店に入ろう」
駅構内を少し歩いて、やっとふたり腰かけることのできる喫茶店を見つけた。
コーヒーを前に、冬樹が言った。
「二、三日前にも聞いたけれど」
「ん?」
「修さんは、ニューヨークに来たときは、奥さんとはつきあっていなかったんだよね」
「いない。会社の同僚だったけれど、つきあいはなかった」
「ずいぶん突然に結婚したよね。ぼくが日本に帰ったときに、それを教えられた」
ついいましがた、自分もそのあたりの事情を思い出していたのだった。
修平は言葉を選んで言った。
「まあ、きっかけがあったから」
「正確な時期を覚えていないんだけれど、ミミがニューヨークに電話してきたことがある。日本時間で真夜中。酔っていて、泣きながら」
それは初めて聞くことだった。
「何があったんだろう」
「ミミは、泣きじゃくりながら言ったんだ。修さんが冷たいの、優しくないのって」
思い当たった。あの夜だ、おそらく。月蝕洞に出てこないかと誘ってきた夜。修平が行けないと断ったとき。奈津美はまだ広島に帰ってはいなかったのかと、意外にも思った夜の電話。
修平が黙っていると、冬樹は言った。
「たぶんミミは覚えていないな。その後、ミミは一度もその電話のことを話したことがない。酔って忘れている」
「泥酔していたのか」
「何があった?」
「わからない」
「ミミはその夜、ひとり部屋で飲んでいたんだろう。実はそのとき、ミミを泣かせるなんて、修さんってひどい男だと思った」
「心当たりはないな」
「ミミとは、ほんとに何もなかったかい?」
言葉に詰まった。言葉の行き違い。相手の気持の誤解。鈍感さ。
ニューヨークから帰って翌朝の、奈津美の言葉。
わたし、広島に帰る。決心がついた。
愚かにも、自分はその言葉を額面どおりに受け取ってしまったのだ。奈津美からその言葉が出る事情を知っていただけに、翻意させることは考えもしなかった。自分にその資格があるとも思っていなかった。
でも、冬樹はいまの問いを、どの意味で口にした?
修平は答えた。
「その電話って、ちょうどぼくがかみさんとつきあい始めたころだったかもしれないな」
「ミミに冷たかった?」
「そんなことはなかったはずだ」月蝕洞に来てほしいとの懇願を、断ったことを別とすれば。「不誠実なことも、していない」
「誠実さや正直さなんてどれだけ残酷なものか、ふつう男の子は中学生で覚える」
「ほんとうに、奈津美ちゃんを泣かせたつもりはないんだ」
「修さんは、鈍いところがあったからなあ。失恋して落ち込んでいる女性に、うまいものを食えとアドバイスしたり」
「三島は太宰のことで、このひとの悩みは乾布まさつで解決すると言った」
「三島は嫌いだ」
隣の席の白人客四人組が、あわただしく席から立ち始めた。
修平たちはその話題の続きを止めた。
9
終着が広島ののぞみ65号が、十二時〇三分に出発した。京都からもCとDの席で、窓側に冬樹が腰掛けるのも、ここまでの旅程と同じだ。列車はどういうわけか空いていて、ふたりの席の前も後ろも、ふたつとも空席だった。
出発直後は少しざわついていた車内が落ち着いてきた。もう通路に立っている者もいない。
冬樹がペットボトルのお茶をひと口飲んでから言った。
「昨日、遺稿集の編集まで引き受けてもらってありがとう。和久田さんと会って、あんな話になるとは予想していなかったんだ」
修平は冬樹の横顔に顔を向けて言った。
「和久田さんは、冬樹さんが大好きなんだとわかったよ」
「ぼくの著作権などもらっても、見返りなどあるわけでもないだろうに」
「経営者だ。損得については厳しいよ」
「契約書なんて、いつ交わすことになるんだろう」
「口約束も契約だ。ぼくが聞いていた。それで十分なんだろう。誰か邪魔してくるひとはいる?」
「いや、相続権者は誰もいない」
「和久田さんが、そのあたりをどうするか、伝えてくるさ」
少し間が空いた。
修平は言った。
「年譜をつける必要があるね」
「前のを使ってもらえれば、それでいい」
「あれは年譜になっていない。ただの紹介文だ。二十年ぐらい前で終わっているし」
「元気なうちに、メモでも残しておいたほうがいいかな」
できるだけ早く、とは言いにくかった。
「入院したら、すぐに」
「うん。自分で覚えていることでも、修さんに裏付けを取ってもらわなきゃならないことは多いだろうな」
「福岡に行った理由はなんだったの?」
冬樹が苦笑した。
「ああ、あんまりはっきりは言っていなかったね」
「冬樹さんが言わない以上は、聞かないほうがいいのだろうと思ったし」
「ミミからは何か聞いている? 彼女は一度福岡に来てくれて、短い時間会ったことがあるんだ」
「短い時間だったのか」
「ミミは子育てがあって、福岡に一泊なんてできなかった。駅ビルで会って、ランチを食べた。そのとき、少し話した」
「ぼくは何も聞いていない」
冬樹は、京都の大学で六年教えた後、突然その大学の職を辞めて、いっとき音信不通となったのだ。携帯電話の普及が始まった時期だったけれど、彼が持っていた携帯電話も通じなくなった。時候のあいさつに見せた絵ハガキを京都・一乗寺のアパートに送ったが、宛て先人不明で戻ってきた。彼は郵便局に転送願も出さずに引っ越したのだ。奈津美に電話しても、彼女も冬樹がどうしているのかわからないという。
その電話で奈津美は言った。
「きっとパリでしょう。そのうち絵はがきが届く」
本気でそう思っているわけではないが、生死に関わるようなことではないと確信している、という口調だった。
「修さんには、心当たりはないの?」
「ないなあ」
音信不通になる理由について、もしかしたら、と想像できることはあった。あのとき冬樹がかすかに見せた、彼の抱えていたトラブル、悩みが、大学の退職と、友人にも連絡しないままの転居の理由になっていたのではないかと。ただ、奈津美と同様に、事故死とかそれ以上に悪いことまでは想像できなかった。冬樹のそれまでを思えば、生活の極端な振れ方こそむしろ冬樹らしかった。修平とは違う。いずれ思いもかけない場所から、元気だと知らせが届くだろうと確信できた。奈津美は冗談で言ったが、パリからその知らせが届く可能性もけっして少なくはないと、修平は思っていた。
京都から大阪に向かう街並みに目をやりながら、冬樹が言った。
「想像はついていたと思った。あの冬に東京で会ったときに」
「想像はした。だけど、怖くてそれを確かめていいのかどうかはわからなかった」
「ぼくにとっても、あのあとのことは、修さんに笑って話せることではなかった」
音信不通となる少し前の冬、ふいに上京すると電話があって、新宿で会ったことがあった。指定されたのは、JR新宿駅東口の駅ビルの上にある喫茶店だった。
冬樹は、何か悩みがあるとひと目でわかる空気をまとって、その喫茶店に現れた。ショルダーバッグのほかに、大きめのトートバッグを持っていた。
彼は椅子に腰掛けて言った。
「これから甲府に帰るんだ。うちでいろいろ厄介ごとがあって」
修平は訊いた。
「どなたか亡くなった?」
「いや、そういうことは厄介とは言わない」
ごく儀礼的に、冬樹は修平の近況を訊ねてきたが、最後はろくに修平の言葉を聞いていないようだった。
「ところで、修さんなら価値がわかるかと思って持ってきたものがあるんだ」
冬樹はトートバッグの中から、厚手の風呂敷にくるんだ絵を取り出した。簡素な額に入ったドローイングだ。六号ぐらいの白いスケッチ用紙画面全体に、グレーのペンと思える画材で、編み目の模様のようなものが描かれている。
テーブルの上に渡されて、修平は訊いた。
「あのひと?」
近年評価の高くなっている日本人の女性前衛画家の名を出した。六十年代の途中まで、彼女はニューヨークで活動していたはずだ。これはたぶん「インフィニティ・ネッツ」と呼ばれるシリーズに当たるものだろうが。
冬樹が言った。
「裏にサインがある」
筆記体で、彼女のフルネームが書かれていた。アラビア数字は1963。
やはり筆記体で、英語の献辞。
「親愛なる詩人、リックへ」
もう一度表を返した。
「この詩人のリックというのは、冬樹さんのこと?」
「いいや。向こうで知り合ったアメリカ人だ。彼がくれた。ぼくが帰国するときに」
「この画家は、そのときは」
「ニューヨークにはいなかったよ。二十年も前に帰国していた。修さんなら価値がわかると思った。買ってくれないかな」
修平は戸惑った。
「ぼくは、美術品のコレクションしていないし、これの価値もわからない」
「わかるひとに転売してくれてもいい」
「いま緊急におカネが必要なのか?」
「わりあい」
「画廊に持っていったほうがよくないかい」
「京都の画廊に持ち込んでみた。来歴のはっきりしないものは駄目だと言われた」
市場での交換価値はない、ということだ。
「ぼくはそれを買えないけれど、もしかしておカネが必要?」
冬樹が目を伏せて答えた。
「緊急になんだ」
修平は自分の財政状況や美知子の顔を思い浮かべてから言った。
「いま、十万円なら用立てることができる。もしそれでよければ、渡せる」
冬樹が抱えている問題は、たぶんその程度のカネでは解決できないだろうとも想像できた。しかし、修平ができることもそれが限度だった。自分は家庭のあるサラリーマンなのだ。修平は自分がその金額を口にしたことを後悔した。冬樹をいっそうつらく、惨めにさせたのではないかと。
冬樹が顔を上げた。
「いつ返せるかわからない」
「そのときは、この絵をいただく」
「誰かに売ってしまっていたら?」
「売らないで、持っていてくれ」
「約束は、その、こういう状況では、しにくい」
「何か別のもので埋め合わせてもらう。銀行に行こう」
冬樹は小さくうなずくと、額装されたそのドローイングをまたトートバッグに収めた。
次に修平が冬樹と会うのは、およそ七年後だった。
修平は言った。
「何かで借金をしたってことかと想像したんだ。新宿の駅ビルで会ったときのことから」
冬樹が言った。
「そうなんだ。ぼくの給料ではどうにもならないくらいの、カネの問題が起こった」
「何かに投資でもした?」
「いいや。そして、ぼくが起こしたことでもない」
次の言葉が続かなかったので、修平がさらに訊いた。
「誰が?」
「身内なんだ」
その答と、また続いている沈黙を吟味してから、修平は言った。
「そのあたりのことは、年譜ではさらりと流したほうがいいかな」
「福岡で、学習塾講師、と書いてくれたらいい」
「じっさいは?」
「学習塾講師はほんとうだ。ずっとではなかったけれど」
「年譜には書かないけれど、何があって大学を辞めて福岡に行ったか、聞いていいかな」
冬樹は少しためらう様子を見せてから言った。
「身内がカネのことで失敗し、息子、というかぼくにまで火の粉が飛んできた。とても大学に勤めてはいられないぐらいの状態になって、逃げるように京都を離れた」
取り立てが冬樹の勤務先にまで押しかけてきたということだろうか。あの時代、消費者金融でカネを借りると、そのような取り立て方がふつうだったと聞いている。冬樹の性格では、それは耐えがたいことだったろう。恥辱で出勤できなくなり、衝動的に退職届けを出してしまっても、たしかにおかしくはない。
冬樹が続けた。
「福岡の知り合いを頼って行って、身売りして、福岡暮らしが始まった」
「身売り?」
「解決するためのおカネを借りた」
「ぼくが渡したおカネでは、二桁ぐらい足りなかったのかな」
冬樹は修平の推測を否定しなかった。
「あのおカネで甲府に帰って、もう一度京都に戻ることができたよ。あれも返していないままだ。ごめん」
「貸したんじゃないとは、何度も言った」
「埋め合わせもしていない」
「もいちど一緒にお酒を飲むようになった。頼むから、あのことはもう忘れて欲しい」
「ありがとう」
「身売りって、具体的には?」
冬樹が苦笑した。
「どうしてもそこを聞きたい?」
「いいや。だけどもし話す気があるなら」
「フィクションだけれど、パトロンがついて、ぼくは塾で英語を教えるかたわら詩を書いていた、というのではどうだろう?」
修平は笑った。たぶんこれ以上のことを聞き出すのは無理だ。
「それでいいよ。でもそのフィクションなら、年譜に書いてもいいな」
「ミミが福岡に会いにきてくれたとき、彼女はぼくの境遇について、全然別のことを想像していたようなんだ」
「どんな?」
「ぼくにお米券を渡してくれた。お米券、いまもあるんだろうか」
「商品券みたいなものだよね」
「コメも買えない暮らしだと心配してくれていた。ありがたく受け取った」
「そのときは、携帯は?」
「プリペイド携帯だった。覚えていると思うけど」
「そのせいかもしれない」
プリペイド携帯を使っていた冬樹はそのころ、クレジット・カードを持っていなかったのだろうか。クレジット・カードなしでも携帯電話を買うことはできると思うが、それは家計がかなり苦しい水準にあるということだ。
新大阪駅に近づいているアナウンスが流れた。冬樹が視線を窓の外に向けた。横顔が少し苦しげに見えた。痛むのか、それともいまの話題が苦いものであったせいか、判断できなかった。
新大阪を発ち、ついで新神戸を出発した後で、冬樹が言った。
「トイレに行きたい」
やはり少し苦しげな表情だった。
「ああ」
修平はすぐにシートから立った。冬樹も自分の小さめのほうのショルダーバッグを肩に斜め掛けし、立ち上がった。
動く車内で後ろ方向へ歩くので、冬樹は少しよろめいた。修平は後ろから冬樹を軽く支えた。
冬樹をトイレに入れて、自分は外に出た。
トイレのドアから少し離れて、修平は近藤千春に電話した。
「いま新幹線の中、広島に向かっているところです」
千春が訊いた。
「冬樹さん、どうですか?」
「ええ、元気ですが、今朝も湿布を貼ってあげた。本人は言わないけど、ちょっと旅行疲れが溜まってきている印象があります」
「ほんとに、ご迷惑をおかけして」
「それはいいんですが、もし、もしも体調が予想よりも悪くなったとき、冬樹さんの場合は内科クリニックに行くのでいいんですよね」
「ええ。そういうときの場合のために、冬樹さんは先日の血液検査の結果表を持っていっています。お薬手帳も」
「その」そこから先の懸念は少し言いづらい。「もし、もしこちらで緊急入院となった場合、わたしが保証人となることはできるのですか。家族でなくても」
「ええ、もしそういう場合、もし及川さんではだめだと言われたら、わたしに電話をいただけますか。わたし、その、勝手に冬樹さんの内縁の妻と名乗りますから」
「それは、近藤さんに迷惑になりません?」
近藤千春は笑った。
「冬樹さんは迷惑と思うかもしれないけど、命には変えられませんよね」
「一応は、内縁の妻という」言いながらも、修平はその言葉がいくらか滑稽に思えることを感じた。概念がそもそもおかしいのか、この場面で口に出すことがおかしいのか、よくわからなかったが。「……ことは、冬樹さんは了解しているんですね」
「わたしは了解しています。病院で家族の保証人が必要になるようでしたら、事実婚だと伝えてください」
「そうします。あの、この電話はほんとにもしもの場合を伺っただけで、心配しているわけではありません」
「わかります」
田端の冬樹の部屋は、誰かと事実婚の生活を送っているものには見えなかった。確実につつましくひとり暮らしをしているシニア男性の部屋だった。近藤千春の住居は別にある。彼女は事実婚している女性ではないし、同棲相手でもない。しかし、いまさらその程度の法的な厳密さは問題ではないだろう。冬樹の体調が急に悪化した場合、広島で入院できればそれでいいのだ。
通話を切ってトイレのドアの前に移動した。冬樹がトイレに入ってから、けっこうな時間が経った。時計を見ると、もう六分だ。
もう一分経ったらノックして、大丈夫かと確認しよう。
その一分を待たないうちに、冬樹が出てきた。
「大丈夫?」と修平は訊いた。
「うん」と冬樹が答えた。あまりそのようには聞こえない声。「薬を飲む。ランチにするよ」
京都駅の売店で、サンドイッチを買ってある。薬を飲むためだ。
シートに戻ってから、冬樹は卵サンドイッチを少し口に入れ、薬を入れたビニールのポーチを取り出した。今朝まで飲んでいた鎮痛剤とは違う種類の薬だった。
冬樹が、修平の視線に気づいて言った。
「念のために、強いほうの鎮痛剤を飲む」
「睡眠成分は入っているのかな?」
「うとうとするかもしれない」
広島まであと一時間十分ほどだ。ひと眠りする余裕はある。
しかし薬を飲んでも、冬樹は眠る気配がなかった。ずっと窓の外の、北方向へ伸びる谷の風景の連続に目をやっている。
冬樹がシートの上で腰の位置を直したときに、修平は言った。
「年譜のことで、もうひとつ訊いておきたいことがあった」
「いいよ」と冬樹。
「ずっと以前、冬樹さんは、自分も断念したものがある、と言ったことがある。それって、いつごろ、何を断念した?」
「あれか」冬樹は苦笑した。「子供のころのことだ。断念なんて言葉は大げさすぎたかもしれない」
「いくつで?」
「六歳。小学校に入った年」
「六歳で、何かを断念するなんて、冬樹さんらしいな。とてもませた子だ。断念したものは何?」
「バレエ」
「踊るほうの?」
「うん。ぼくのいとこに、三歳上の女の子がいた。当時、九歳か。その子はバレエ教室に通っていた」
「冬樹さんは、妹がいたね。ふたり兄弟?」
「ああ。妹は数年前に亡くなってるけど。母方の親戚は甲府に多かった。父は長野市出身なんだけど」
冬樹の父親は銀行員だと聞いていた。旧制松本高校を卒業して地元地方銀行に入り、順調に出世コースを歩んだエリート・サラリーマンとか。
冬樹が続けた。
「小学校一年のとき、母がそのいとこのバレエ教室の発表会に連れていってくれた。その教室には何人か男の子もいて、発表会にも出たんだ。プログラムは、いま思えば名曲集みたいなもので、まず『くるみ割り人形』の行進曲で、教室の生徒たちの大半が登場したんだ。三人、男の子もいた」
「それ以前にもバレエを観ていた?」
「いや、そのときが初めてだった。生まれて初めて観るバレエに惹きつけられた。修さんは、バレエは好きかい?」
「一回だけ観たことはある。やっぱり『くるみ割り人形』を。会社の関係でチケットが回ってきて」
冬樹が笑った。
「それからロシアのダンスとなって、そこには三人の男の子と、四、五人の女の子が出演した。男の子が格好よかった。少しコサック・ダンスふうの振り付けがあって」
「あれは、男性が格好いい踊りだった」
「それから何度かいとこの教室に母と見学に行った。母は姪の稽古を観るために行っていたんで、べつにぼくをバレエ教室に通わせたいわけではなかった。だけど、どんどんぼくはバレエをやりたくなった」
「甲府だと、バレエをする男の子は多かったんだろうか。盛岡にはバレエ教室はあっただろうけど、盛んじゃなかった。ぼくの村には、バレエを習っている子はいなかったはずだ。盛岡でも、通っている男の子がいれば、からかわれたんじゃないかと思う」
「甲府は多少そういう文化もあった。なのである日、父に言ったんだ。バレエを習いたいって。そうしたら父は、六歳の男の子に本気で怒った。何を考えているんだ、学習塾になら行かせてやるけどってね。余計なことを考えないで勉強して、国立大学に行けと。怖くてすくんでしまったくらいの剣幕だった。ぼくは二度とバレエのことは口にはせず、学校の勉強ひと筋に高校生までを過ごした。残念ながら国立大学の受験には失敗したけど」
「バレエとは、少し意外だ」
「その断念は、パフォーミング・アーツ全般を、ってことにもなった。それからずいぶん経って、親父の支配力も消えたところで演劇に目覚めた。何か別のことを想像していたかい?」
「いや、ただ、冬樹さんは実質ぼくの二歳年上だし」
「学年ではひとつ」
「世代的なものも想像しなかったわけじゃない」修平は冬樹のテーブルの上の白いレジ袋に手を伸ばした。サンドイッチの入っていたものだ。「捨ててこよう」
修平はレジ袋を持って立ち上がった。
10
奈津美が、改札口を出たすぐ右手で待っていた。明るい色のハーフコートにマフラー姿だ。
「いらっしゃい!」と奈津美は、両手を広げた。
修平たちは後から続く降車客を避けて奈津美の前まで歩いた。冬樹が奈津美に両手を広げて近寄り、ふたりはハグし合った。
「元気でよかった!」と、身体を離した奈津美が、冬樹を見上げて言った。「毎日、はらはらしながら待ってた」
冬樹が奈津美に言った。
「何年ぶりだったっけ。その髪が素敵だ」
奈津美の頭は、艶のある銀髪になっていた。グレーの部分とのグラデーションが、高品質の絹織物とも見える。
「でしょう」と奈津美は言いながら、右手でこめかみの髪に触れた。「染めていないんだよ。たぶん冬樹さんとは十年ぶりぐらい」
修平も奈津美と軽くハグし合った。
「ありがとう、修さん」
奈津美は修平たちから少し離れて、修平と冬樹を見つめてくる。修平も奈津美を同じ目で見つめた。あまり無遠慮な、観察の視線とならぬにように。相手がたしかにここにいることを確かめるように。
奈津美が微笑んで言った。
「わたしの友達も、あのころの面影のまま、渋くなってる」
修平は訊いた。
「きょうは二時からライブだろう? 店を空けて、大丈夫なの?」
「きょうは何人も手伝いに来てくれている。オーナーのすることは、きょうは締めのあいさつだけ。それに、四時からはもうひと組。それがラストのラストのライブなの。修さんたちは、よければ四時からのライブを聴いてください」
「ホテルで荷物を預かってもらって、すぐに行くよ」
「どこだったっけ?」
修平はホテルの名を言った。
「胡町って電停の近くだ」
「わかる。市電で行きましょう。タクシーに乗るほどの距離でもない」
冬樹が言った。
「連日、移動移動でほんの少し疲れている。いま行って部屋に入れるようなら休んで、その四時のライブの少し前に行くのでいいかな」
「もちろん。まず身体を休めてください」
奈津美が修平が肩に掛けていた冬樹のショルダーバッグに手を伸ばした。
「持ちます」
建物は、やはり三十年ぶん劣化して見えた。トータルで築六十年のビルということになるらしい。もう二階にも三階にもテナントは入っておらず、そのせいか余計にビルは荒れて見える。いま奈津美がこのエリアの再開発の話に乗るのは、妥当なことに思えた。
迎えに出てきた奈津美に案内されて、店の中に入った。
中は記憶とさほど違ってはいなかった。ただ、すべての什器や家具類が、店の躯体や内装になじんでいる。エッジがどこも丸く削られてしまったかのようにだ。全体に色彩も、年月のせいか、少し光沢のある茶色となっていた。
ライブはまだ始まっていない。三十人ほどの、中年から初老といった年齢の客が席に着いていた。
壁の出演バンドの案内には、ヒロシマ・ドリームスとある。ほぼ三十年前に来たときも演奏していたバンドか? チラシの写真は、メンバー四人とも六十代と見える。ボーカルが女性で、ギター、ベースギター、キーボードが男性だった。
奈津美が横で言った。
「そうなんです。あのときも出ていたのはこのひとたちだった」
修平はステージに目をやった。グループの面々はチューニング中だ。
「同じメンバー?」と修平は訊いた。
「そう。ボーカルのマリさんも、あとのひとたちも三十年ずっと一緒。でも、演奏する曲は少し変わってきた。時代を七十年代にも広げている。でもわたしたちの世代には、みんな懐メロ」
「アマチュアなんだよね?」
「CDは何枚か出している。でもみなさんそれぞれ、仕事を持っている」
冬樹が自分のショルダーバッグからLPレコードを取り出した。メリー・ホプキンの『POST CARD』US盤。
「きょうはこれを返すために来たんだ」
「あ」と奈津美が微笑した。「後で聴きますか?」
「聴かせてほしいのは、またミミの歌だ。京都のときみたいに」
「声が出ない。それに、きょうは出演者の曲を楽しんでください」
「ライブの後で」
カウンターのほうで、若いウエイトレスが奈津美を呼んだ。
「考えておきます」と奈津美は離れていった。
修平たちはまたカウンター寄りの丸テーブルに着いた。三十年前がそうであったように。
テーブルにウエイトレスがスパークリング・ワインのボトルをクーラーに入れて持ってきた。それにシャンパン・グラスが三つ。
「飲めるかい?」と修平は訊いた。
冬樹がうなずいた。
「乾杯のときに、少しだけ。あとは、水を飲んでいる」
冬樹の頭ごしに、観た覚えのある抽象画が見えた。額装されたものが壁に掛けられている。いつか冬樹が、買ってくれないかと修平に見せてくれたもの。
冬樹が頭をひねり、修平の視線の先を見て言った。
「そうだ。あれだね。修さんにも見せたことがあった」
「けっきょく奈津美ちゃんが買ったんだ」
「いいや。贈った。お米券をもらったお礼に。売ったわけじゃない。飾ってもらっているとは思っていなかった」
奈津美が戻ってきた。ミネラル・ウォーターのボトルとグラスを手にしている。冬樹のためのものだった。
奈津美がグラスを持ち上げて言った。
「きょうがこういう日になって、ほんとうにうれしい」
乾杯した。冬樹はシャンパン・グラスを持ち上げただけで、じっさいに口をつけたのは水のほうだった。
奈津美が席を離れていった。入ってきた客と話してから、席へと案内している。修平は奈津美の姿を目で追った。ラクができると言っていたが、やはりきょうも奈津美は忙しそうだった。
女性の声でマイクテストの音が店内に流れた。客たちが静かになった。
初老という年代の女性がマイクの前に立っている。奈津美がマリさんと言っていたボーカルの女性だ。細身のパンツとシャツ姿で、カーディガンを羽織っている。ほかの男性たちの服装も、ごくカジュアルなものだった。
ボーカルの女性が、店内を見渡して言った。
「こんにちは、ヒロシマ・ドリームスのマリです」
控えめな拍手が起こった。
「ありがとうございます。きょういらしているみなさん、もうご承知のように、紙屋町スタジオは今夜でクローズとなります。わたしたちが、光栄にもオオトリです。わたしたちも、この紙屋町スタジオができた年からずっと、ここでみなさまに演奏を聴いていただいてきましたが、正直言えば、こんなに続けられるとは思ってはいませんでした。みなさまの応援のおかげです。紙屋町スタジオはクローズですが、わたしたちはまだまだこの仲間で演奏活動を続けていきます」
さっきよりも大きな拍手が起こった。
マリは拍手に応えるようにお辞儀して続けた。
「では最初の曲です。『トライ・トゥー・リメンバー』」
ギターがイントロを奏で始めた。
(つづく)









