『自閉症のぼくは小説家』連載第15回「高校3年の夏」

『自閉症のぼくは小説家』連載第15回「高校3年の夏」

連載第15回 高校3年の夏

 
投げられた問い
僕はこれまでも、「勉強はどのような子にも必要だ」と伝えてきた。
たとえ重度自閉症の子でも、いや、むしろ重度自閉症の子こそ学科教育による学びは必要なのだ——そんな思いを抱きながら、僕は高校生活を送ってきた。
高校1年生の時にY先生という男の先生に出会った。Y先生は長い髪を束ねて一見文学少年のような風貌をしていた。しかしその見た目に反して、動きがとてもきびきびとしていてとてもエネルギッシュな先生だった。
ある日、このY先生の隣でごみの分別の授業を受けていた時、先生が急にタブレットを僕の目の前に差し出して「リサイクルって知ってる?」とおもむろに聞いてきた。僕は驚いた。いきなりの質問だったし、僕はそれまで先生と一度もタブレットを通じて会話したことがなかったからだ。
僕は勢いに押されてこう打った。「HAI」と。
おおー! と先生が叫んだ。
「分別したことはあるの?」
僕はまた「HAI」と打った。
先生は「そうなんだね!」と満面の笑顔を向けてくれた。
先生と初めてタブレットでやり取りできたことに、僕は有頂天になった。Y先生に対して日増しに親しみと信頼感を抱くようになってきたのだ。Y先生なら、僕の勉強に対する思いを分かってくれるかもしれない。そんな気がした。
 
 

見極める力
そこである日の個人面談で、僕はずっと抱いてきた疑問をタブレットで先生にぶつけてみた。

「算数はどんな時に役にたつのか知りたい」

正直僕は算数があまり好きではなかったのだ。先生は「文章を打つはくとくんにこそ算数は必要な学問ですよ」ときっぱりと言い切った。そしてそこから先生の長く熱い語りが始まった。

「算数には定数と変数がありますよね…」しんと静まった教室に先生の熱を帯びた声が響き渡る。その話はあまりにも高尚で深い考察だったから、支援学校で学ぶ学生には難しすぎると、傍で聞いていた母や先生方は感じたかもしれない。

しかしY先生の話は僕の心を大きく動かした。これは真剣に受け止めなければと奮い立った僕は、目、耳、身体全部、すべてを集中させて聞いていたのだ。

先生が僕に言いたかったことはこうだ。

「算数を勉強する理由はたった一つ。問題を解こうとする時に論理的に頭を使う練習になるから」だと。そして「定数(変わらないもの)と変数(変わっていくもの)を見分ける力がつく」「この見極める力こそ算数で得て欲しい能力」なのだと。先生は算数というテーマを題材に僕に伝えたかったのだ。人生にはどう頑張っても変えられないものがあるということを。そして変えられないものを無理に変えようとしても仕方がない、それよりも自分の努力で変えられるものにその力とエネルギーをそそいでほしい。足したりかけたりする数字が変われば結果は未知数になるように、人生も自分次第でどうにも変えられるのだと。そう伝えたかったのだ。

その教室に響き渡る熱い語りは、僕の疑問を丁寧に摘み取り解決してあげようとする誠実さと、何よりも僕に対する敬意と愛情があった。時間にすれば5分ぐらいだったかもしれない。しかしこの放課後のひと時の真剣な講義は、一生忘れられない学びの時間となったのだ。

 

答え合わせ
それからもY先生と「勉強」というテーマについてのやり取りが続いた。

ある日「勉強する意味とは?」と僕がタブレットで打つと「これ読んでみて」と『勉強が面白くなる瞬間』という韓国人作家の本を紹介してくれた。僕は読み進めるうちに、目の覚める思いがした。

勉強とは一言で言うと「心を成長させるもの」、僕はそこに共感しハッとさせられたのだ。テストの点を上げることはまったく関係ない。自分にとって生きるために必要な能力を作ってくれる、それが勉強なのだとこの本は語っている。

どんな人でも、たとえ自閉症であっても、人は自分が変わっていくのを感じる瞬間にこそ、生きていく喜びを感じるものなのだ。成長とは賢くなることではない。生きていく力や、何より生きていこうという前向きな心が育っていくこと。だからこそ勉強はどんな子にも必要なのだ! ——僕は答え合わせをした気分になっていた。自分がずっと信じてきたことに、自信を得た思いだった。

 

僕が描く未来
高校生になった僕は、進路に向けて「卒業後何をしたいか」と家族に何度となく聞かれた。僕は必ずこう答えた。「勉強がしたい」と。
高校生からの進路面談では、親だけではなく本人も参加する決まりになっている。担任のY先生、進路の先生、母と僕というメンバーである日進路面談が行われた。

「どうせ僕は聞いているだけなのだろう。話せないのだから」と正直僕は思っていた。進路の先生は、卒業後の進路を決めるにあたっての流れを説明している。僕も一緒に聞いていたが、自分の意見を一切言えないためどうしても自分ごとのようには考えられなかった。

「僕の進路なのに。僕の人生なのに。僕の意見は聞かず大人たちが勝手に決めてしまうのか?」

僕の心は次第に卑屈になっていた。表情もどんどん固くなる。その時だ。

「今日はタブレットを持ってきています。はくとの意見も聞いてみていいでしょうか?」と母が言った。先生たちは「もちろんです」と言ってくれた。そして僕の目の高さにタブレットが立つように、下に置く本を探してくれた。担任の先生が持ってきてくれたのはハリーポッターの分厚い本だ。その上にタブレットを立てかけ、いよいよ僕の意見を聞こうと先生が質問した。
「はくとくんは卒業後どんな場所に通いたい?」

急に緊張が僕を襲ってきた。指が、手が固まる。ダメだ打てない。沈黙の時間が流れる。やっぱり僕が面談で意見を言うなんて無理か。自分に失望する。先生も「無理をさせたか…」というような労わるような目で見ている。

僕はこの時思った。僕の人生は僕が決めるんだ。先生も今母に話していたではないか。「何よりも本人の意志を尊重するのだ」と。頑張って打つんだ。絶対にここを逃したらダメだ。
先生が質問を変えた。「はくとさんは卒業後何がしたい?」

何がしたい? 答えは決まっている。心の奥でずっと抱き続けてきた強い思い、情熱がマグマのように一気に押し寄せてきた。指が熱くなる。僕は打った。
「べんきょうがしたい」と。その瞬間、進路の先生が「おおーっ」と叫んだ。満面の笑顔で「そうかそうか」と頷く。

言えた喜び、伝わった喜びで僕は机をバーン!と思いきり叩いた。

「はくとくん! 一緒にその場所を探そう」と先生は満面の笑顔で言ってくれた。

それまで母と色々な話をしていたのに、僕の発した一言がすべてだという先生の態度がどれほど嬉しかったか、その喜びは言葉にならないほどだった。

「べんきょうがしたい」という言葉を引き出してくれた先生と、その思いを受け止めてくれた先生との時間は、僕にとって一生忘れられないものになった。

 

変わるものを信じて
僕がずっと「勉強がしたい」と願い続けたことで、また勇気をだしてその思いを発したことで、卒業後も学び続けることができるような環境を先生や家族が探してくれることになった。

僕だけでなく支援学校卒業後も学びたい、充実した時間を過ごしたいと願っている人は多いのではないかと思う。でも実際は学ぶ環境がなかったり、1人でその場所に通えないなどの諸事情で、希望はなかなか叶うことがない。しかし僕は進路の先生が言った「それならばその場所を作ればいい」という言葉が忘れられないのだ。
僕らが生涯にわたって学び続けるということは現実はとても難しいのかもしれない。でもY先生はこう言った。「変わるものに目を向けて自分で変えていきなさい」と。僕は勇気をだし一歩を踏み出した。自分がどんな行動を選ぶかで未来はいくらでも変えることができる。僕らの未来は未知数なのだ。

 

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著者

内田博仁

(うちだ・はくと)2008年生まれ。2歳で知的障害を伴う自閉症と診断。6歳でキーボードで文字を打てることがわかる。表現活動を始め、作文コンクールや文学賞の受賞を重ねる(7回)。小6で第4回徒然草エッセイ大賞大賞、15歳で松本清張記念館の中学生・高校生読書感想文コンクール最優秀賞、北九州子どもノンフィクション文学賞で選考委員特別賞・あさのあつこ賞を受賞。平日は学校の後に母と読書や文章を書き、週末は父とサイクリングなど外に出かけている。
 

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