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カラオケ

カラオケ

自らの身に起きた出来事を、独自の着眼点で笑える漫談に昇華し、お笑いファンに強い衝撃を与え続けている大注目のピン芸人、永田敬介。

「スピン」3号に掲載されたエッセイ「ディズニー」も大好評だった永田さんによる、書き下ろしエッセイをお届けします!

 

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もし催眠状態の俺に心理カウンセラーが耳元で「カラオケ」と囁いたら、無意識下の俺は「常温のポッキー」とだけ呟くだろう。それくらい初めてのカラオケで出された常温のぬるいポッキーは幼少期の俺にとって衝撃だった。”ポッキーは冷えてて当たり前”とすら思わない程に俺の中でポッキーは冷えてて当たり前だった。

 

ショックだった。ポッキーがぬるかった事ではない。店の大人達もポッキーは冷たい方が美味しいなんて分かってるはずだ。それなのに常温のまま持ってくるって事は「約束通りポッキーは持ってきたけどそれ以上は約束じゃないからしない」という意味だ。そのドライなスタンスに、親に甘やかされてた当時の俺は突き放されたようなショックを受けたのだ。

 

(ぬるいポッキーなんて最悪じゃないか。それに何で家より狭い場所に入らなきゃいけないんだ?)

 

という、実にカラオケ的じゃない感想で初回は終わった。そもそも歌う事自体が気恥ずかしいものと思っていた上に先の感想だから、俺が初めて自分の意思でカラオケに足を運んだのは、ぬるいポッキーを食べてからおよそ20年も後の事だった。

 

2014年、24歳の俺はスカウトという特別待遇で入った人力舎をわずか2年でクビになったばかりだった。しかしクビになった事に絶望は無く、ひたすら自分の今後に興奮していた。何かまた凄い事が起こるはずという興奮。芸人になって以来、停滞した事がなかったからだと思う。

 

人生で初めて参加した大会「第1回 漫才を愛する学生芸人No.1決定戦!」で優勝。それをきっかけにテレビ出演。番組内でも特別扱いを受ける。初めてのプロとの対決で、当時はまだ無名だった吉本のニューヨークさんに勝つ。それを見ていた複数の事務所からスカウトが来る。人力舎に入る。2年目で1885組がエントリーしたTHE MANZAI2013にて、千鳥さん、かまいたちさんら50組しかいない認定漫才師に選ばれる。そして準決勝で2位。数ヶ月後コンビ解散。事務所をクビ。

 

良い事も悪い事も絶え間なく続いていた。だから当時は「解散して事務所もクビになったけどまた何か凄い事が起きる。俺は絶対に上手くいくようになってるんだ」と信じきっていた。そこからのピン芸人日本一を決めるR-1グランプリ2015開催のニュース。

「これだ。これで俺は優勝するんだ。THE MANZAIだって事務所のミスがなきゃ優勝出来てた。”R-1で優勝して売れる”が次の凄い事だ。よかった」

今考えれば現実逃避だった。THE MANZAIでほぼ決勝確実という状況から大逆転負けした事で人格が歪み捻じ切れるくらいのショックとストレスを受けた。正気を保つために根拠0でも「俺は必ず上手くいくようになってる。だからザマンでの負けは致命的な出来事じゃないんだ」と思うようにしていた。

 

だからR-1で絶対に優勝する。優勝するのは簡単だ。強いネタ一本さえ思いつけば良い。内容が突き抜けて面白ければ下手でもそれをやるだけで勝てる。漫才がそうだった。「内容だけで問答無用で優勝するネタ」それさえ思いつけば優勝だ。

 

一文字も思いつかず一回戦前日を迎えた。「内容だけで問答無用で優勝するネタ」なんてあるわけないからだ。しかし人生で最初に書いた漫才でそのまま学生大会を優勝した俺は「そんなネタがある」と思い込んでいた。真っ当な努力を知らなかったのだ。

家にずっといても一向に思いつかないので、芸人達がネタ作りで使うイメージがあるカラオケボックスに行ってみた。自主的にいくのは初めてだった。徹夜で優勝ネタを捻り出すため朝までのパックを買った。

 

恐らく今の所の人生で、最もストレスフルかつ印象深い徹夜だった。単純に明日締め切りのものに追われるストレスもさる事ながら、優勝できると本気で思い込んでいたからこその、優勝ネタを作らなくてはいけないという強迫観念。ここまで文章にしてみて確信したが、明らかに当時は参っていた。R-1優勝出来なきゃ終わる、なんて事をR-1はおろかピンネタすらした事ない男が本気で思って追い詰められていたのだから異常だ。

 

不安定な精神に、カラオケルームという環境は悪い作用を及ぼした。まずかつてのぬるいポッキーの記憶が蘇った。ただ、カラオケ屋のグルメもあの頃から進化してるのは知っていたのでそこは安心していた。

(唐揚げ丼で元気を出そう、夜は長い。美味しいんだろうけど、あらかじめネガティブなイメージで構えとこう。今の精神状況でかつてのポッキーのぬるさのような想定外を食らったら耐えられないからな。硬くて少ない唐揚げ丼をイメージしておくぞ)

唐揚げは硬くて少なくて冷たくてくさかった。くささまでは、くささまでは想定してない。くさいのかもと思った時点で頼まないからだ。

ぬるいポッキーで突き放された時の孤独が完全に再来した。そもそも深夜のカラオケルームに1人は怖い。窓も無く、ソファに座っている限り嫌でも視界に入るドアの向こうの無機質な廊下も怖かった。でもドアを見ないようにしてる方が「もしふとドアを見た時誰かがこっちを覗いてたら……」と恐ろしかったので、ドアから目線を外せなかった。俺は恐怖していた。

 

そんな俺にも一縷の希望が残されていた。曲が入ってない時にひたすら垂れ流されるカラオケTVのCM集だ。これに寄り添って孤独と恐怖を凌ぐしかねえ、そう思った俺は何十回もループするそのCM集を観続けた。その全てを覚えているわけではないが大まかな流れは覚えている。俺の助けられ具合も添えてレビューしたい。

まずミュージシャンが自身の曲を告知するコーナーだ。申し訳ないがこれにはあまり助けられなかった。抑揚の無い挨拶や曲紹介に彼らの「こんなコーナー誰が観てるんだよ」感が伝わった。俺みたいにこのCM集が生命線の奴だっているんだよ。そんな俺には曲、聞いて欲しく無いってかい。とはいえ人間の声が聞こえるだけでも孤独感は和らいだ。

次に印象深いのはカラオケ採点システムを紹介する映像。ハイテンションを期待したが基本はBGMのみで紹介はテロップのみ。かつ審査員キャラ達が古き良きポリゴンすぎて生きた人形のような怖さがあった。ただテロップは「みんなでもりあがろう」「めざせチャンピオン」など前向きだったから助かった。

後半に流れたのは飲酒運転ダメ系のCM。これは最悪だった。「飲酒運転は犯罪です」みたいなキメのシーンで、一連のCMループの中で唯一の完全無音。めちゃくちゃ怖かった。ここの心の準備の為に3CM前から順番を覚えなきゃいけないのはいらぬ負担だった。しかしこの怒りは飲酒運転をする者たちに向けるのが筋だ。

そして最後の方に流れた劇場版NARUTOのCM。これのおかげであの夜を乗り越えられた。映像も主題歌もかっこよく、何よりキャラクター達の肉声が素晴らしい。あの夜出会ったもので唯一NARUTOのCMだけが血が通っていた。

「ナルトぉ!」「ナルトッ!!」「ナルトくぅん!!」

「!」マークを摂取できる唯一のチャンスだった。ずっと敵だと思ってた、おでこに「愛」って書いてる忍者が味方になってるっぽかったのも友情に前向きになれた。

“次のNARUTOのCMを待つ”を繰り返すだけでいつのまにか朝になっていた。辛い夜を乗り越えられた。原作は一話も読んでないが、俺はNARUTOに救われた。ありがとうナルト。

翌日のR-1一回戦は10秒でネタを飛ばしてそのまま帰った。

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プロダクション人力舎タレントページ
永田敬介(公式X)

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