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「スピン/spin」創刊エッセイ
恩田陸
2022.10.25
本の装幀というものに長らく興味を持っていて、ブックデザインの本を集めるようになり、帯、見返し、化粧扉、小口、花布など、いろいろな用語を覚えた。それらは感覚的に理解できる納得のネーミングだったのだが、ひとつだけ謎の用語があった。
「スピン」である。本のてっぺんに付いている、栞の紐。なんだってまた、布のひょろっとした紐が「スピン」なの?
通常、「スピン」といえば、「回転」のほうだと思うだろう。フィギュアスケートの「ビールマンスピン」とか「レイバックスピン」とか、氷上で選手がくるくる回っているところが目に浮かぶ。あるいは、爆走するF1マシンがコーナーを曲がり切れずにスピンしてクラッシュ、とか。少なくとも、本の栞は頭に浮かばないし、実際、これは日本独自の呼び方で、しかもなぜそう呼ばれるようになったのかは不詳だというのである。
最近になって、ふと思いついたのは、未読の場合スピンは、本の中にくるっと丸めて納められていることだ。スピンが外に出ていれば、それは読書中というサイン。昔は製本のほとんどの工程を手作業でやっていただろうし、もしかして、製本中にスピンを丸める行為から「スピン」と呼ばれるようになったんじゃなかろうか。「それ、スピンしといて」なんて指示していたりして。本来挟んで「静止させておく」栞が、本を作る人にとっては、「動かす、回転させる」ものである、というところが面白い。
人間はぼーっとしている時に、最も活発に脳が活動しているのだそうだ。じっとしている時こそ、大いに「動いて」いる。「スピン」という言葉に、日本ではそういう両義的な意味が込められているのだと思うと、ちょっと愉快な気持ちになる。
*編集部註:「スピン/spin」の名付けは恩田陸さんにしていただきました。