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最果タヒのお手紙講座「燃えよファンレター」第3回 「あなたを愛する私」を愛そう

最果タヒのお手紙講座「燃えよファンレター」第3回 「あなたを愛する私」を愛そう

題字:はるな檸檬

第3回 「あなたを愛する私」を愛そう

 私はあなたにとってただの他人で、そんな他人に何を言われたって嬉しくないのではないだろうか、みたいな不安に囚われて、できるだけ客観的に称えようと必死になっていた時期があります。「どれほどあなたが素晴らしいか」を、理論立てて、相手に証明していく。それはそれで書いていて楽しくて、けれど同時に私はその人に自分の個人としての言葉を届ける勇気がなくて、理屈で自分を守ろうとしているのかも、とうっすらと思っていました。

 もちろん、ファンレターはそうした論理的な「あなたは素晴らしい」証明文であっても全然いいのです。差し出す自分が一番、その手紙に全力でいたと思えるなら、どんな時もその手元にある手紙はあなたの心の上澄みとしてキラキラしている。それは書かれた言葉だけでなく、どんな言葉をどんなふうに並べたかだけでなく、どれだけ自分の心のその人への肯定的な気持ちを抽出し、その上澄みをあつめたか、便箋の中に詰めていったかが言葉の全てに現れているから。その一つ一つの気配りは相手にちゃんと伝わるのではないかって私は思っています。感情より理屈を優先して書いたとしても、その「理論立てて書こう」としたときの感情が、豊かに伝わるものなのではないかと思います。
 手紙は目の前にその言葉を伝えようとする人がいない分、そのことを書こうと決めた意思、それから、そこには書かれていないことを「書かないでおいた」意思というのが、読み手にはよく見えたりします。会話の方がずっと、目の前で顔色を見ながら語りかけるから、自分が伝えたいままに受け取ってもらいやすい……というか伝えたいところに相手の理解を誘導しやすいです。でも、手紙はもっと相手に全てを委ねることでもある。論理的なことしか書けない……、自分の気持ちなんてぶつけられないし、そんなものが相手にとって意味があるなんて思えない……と思いながら書いていても、そこにある、できる限り相手にとって参考になる手紙にしたいという気持ちそのものに相手は気づいていたりします。

 文章を書く仕事をしている私がいうのもなんなのですが、手紙は特に相手しか読まない言葉でもあるため、たとえ書く側が言葉を練り続けたとしても、案外その書かれた言葉だけが受け止められることなんて少なくて、その言葉の裏側にある「この人がこの言葉を選んで書こうとしたこと」「この人があのことは書かなかったこと」「この人がこの伝え方を選んだこと」まで相手は考えるし、むしろそこを手紙のメインとして捉えたりもする。書かれた言葉というよりも、「その言葉を選んだあなた」を手紙を通して見つめることが、手紙を読むという行為であるように思う。いつだって便箋に書かれた文字ではなく、その向こうにいる「あなた」こそが、手紙を受け取る側にとってはメインなのです。書かれた内容がどうでもいいというつもりはないんですけれど、そこまで、その言葉が全てになることはない。そんなにみんな手紙を書くのが上手いわけではないというか、言葉が心100%になる人なんていなくて、それは読む側だってわかっているのではないかなぁと私は思います。読んだ言葉がその人にとっての「あなた」の全てになることはない。あなたという人が選んだ言葉、あなたという人が選んだレターセット、あなたという人が選んだインクの色。読み手はいつも「あなた」を見ている。見えないからこそ余計に、その部分に想いを馳せるのが手紙なのではないかなぁと思います。

 言葉というのは数も少ないし、たとえば人によって定義が微妙に違う愛を大枠で「愛」って言ってしまったり、それなのにその曖昧さやニュアンスを相手にそのまま伝えることも十分にできない、だいぶ不便な道具です。言葉で気持ちそのものを100%伝えるなんてほぼ不可能で、自分自身の思いよりも冷たさが残る文面になってしまったり、思っていたより暗くなってしまったり、そんなことは何度もあって、言葉だけで判断されるものだから、私も言葉を書くのは怖いです。けれど同時に、その「言葉をうまく使えない」って、ほとんどの人がどこかで経験していることで、その経験を重ねてきた人は、自分のことが好きな人から届いた手紙にたとえ少し冷たさや棘を感じてしまったとしても、その言葉をそのままその人自身だとは簡単には受け取らないのではないかなぁって思います。届いた言葉がその人と少し距離があったり、その人が意図しない温度や影を持ってしまう可能性すら踏まえて、優しく受け取っていく。この人はきっと励ましたくて書いているのだろうなぁとか、この人はきっと私を傷つけたくないのだろうなぁ、とか、読んでいて思うとき、そこにある言葉がその思いやりの実現に成功していなくても、その言葉ってなんだか嬉しいものです。人はそうやって互いの言葉の不器用さを踏まえた上で、やさしく相手の言葉を受け取って関わっていくのではないかって、それは私のポジティブすぎる考え方かもしれませんが、言葉を受け取るときの優しさはそうやってできていると思うし、私は私の好きな人はそんなふうに優しい人だと思っています。もちろんその優しさに甘えるわけにはいかなくて、できるだけ、誤解がないように、あたたかく優しい手紙になるように気をつけるのだけど、そうやって気遣うとき、相手も読む時に同じくらいの気遣いをしてくれているから成立しているやり取りなのだと、私はずっと思っています。

 先日ファンレターの話を知人とした時に、どうしても、「私がその人に気持ちを伝えてもなぁ」って思ってしまって冷静に冷静に客観的に言えることだけを書こうとしてしまう、という話を聞いた。私もそれはすごくわかって、自分の「好き」という気持ちが相手のパワーになるって無邪気に信じるのって難しいですよねぇみたいな話をしました。(無邪気に信じられるとしたらそれは、その大好きな人が使ってくれる魔法のおかげなのだと私は思っている。)
 別に「好き」だと伝えることだけが理想のファンレターだとは思わない。相手の参考になるために相手にできるだけ冷静であろうとする気遣いもまた愛そのものであるし。それは、相手には案外伝わるのではないかなぁって私は思うけれど……。でも、それを伝える側として、「本当はこうしたいんじゃない」と思うなら、愛を伝える方法って、その冷静な手紙に少しずつ「好き」を混ぜることかなぁって思っていました。

 私が昔やっていたのは、お芝居やダンスのよさをできるだけ理論立てて説明し、その最後に「だからよかったです」「~というところが素晴らしかったです」と書くところを少しずつ、「だから好きでした」「~というところが私は好きです」と書くようにすること。少しずつ、私だけの感想にしていく。今はもっと前のめりに、好き好きって書いている気がしますが……。でも当時の私の最初の「好き」という気持ちの伝え方はそういう、冷静な自分の言葉の最後にその勢いを借りて、たくさんの理論武装をして、それから心をちょっと添える、そんな方法だった。それは相手にどう伝わるかというより、相手に自分の心そのものを見せているんだという自覚を持つための支えになっていました。
 心なんて見せても意味ないと、私は本当は心の底では思っていなかったのです。私なんて他人だし、その人に好きと言っても……というのは、私は、ただ自信を持てないから、卑下するように思っていただけなのです。私は私のことが嫌いじゃない。本当は。私という人があなたを好きなのです、と私は私に自信を持って伝えたらいいのに、相手が素敵すぎてなんか怖くて、自分を卑下する方が楽だからそうしてしまっていた。好きな人の前に堂々と立つのって難しいです。それと同じですね。私なんて! とか私の「好き」なんて! とか思って隠れていたかったのです。
 でも、大好きだという気持ちはあり、そうしてそれが気持ちよく伝えられるなら、その人がそれを喜んでくれるなら、それが一番幸せだと思っていた。その人が絶対喜んでくれると思えたなら堂々とできるんですけど、でも、好きなのは私なのだから、喜んでもらえるかなんてわからなくても、強く堂々と、この気持ちを花束だと信じ込んで差し出せるようになりたかった! 私は強くなりたかった、自分を好きになりたかった。自分の「好き」を大事にしたかった。だから、私は少しずつでも「好きです」と手紙に書けるようになったとき、嬉しかったです。それが全ての人にとってやるべきことだと言うつもりはありませんし、客観的に伝えることもやっぱり一つの愛だと私は思います。それぞれが自分は今とても素直だ、と思える手紙が書けたら素敵なのではないか、と私は思います。私はたぶん本当は「好きです」と最初から書きたかったのです。でも、相手にとって、嫌なものだったら嫌だなぁという気持ちもあって、それで客観的な言葉を書いていたから、それが物足りなく、少しでも心を伝えたいと願っていた。そうして、自分なりにここまでならいけるかな? というポイントを探して、次第にバランスを取っていった。「好きです」と書くたび、前より自分が素直にその人の前で笑顔でいられている気がして、(実際は手紙だからその人の前にはいないんですけど)少しホッとしていました。それは良き手紙を書くためにしていたことというより、私が自分を誇れるようにしていたことでした。

(さいはて・たひ 詩人)

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